「完璧じゃない、ってところでしょうね」
ハンモックハイカー・二宮勇太郎さんは、このシンプルな寝床の魅力をこう答える。
道具の役割が細分化され、溢れるほどの選択肢から便利なものをいくらでも選べる時代。1泊のキャンプのために、広々としたSUVの荷台がパンパンになるほどの道具を詰め込み、それでも足りずにルーフトップキャリアのお世話になるキャンパーも少なくないなか、二宮さんのスタイルは対照的だ。
「山の麓に泊まるなら、秋冬でもこれだけあれば十分」
そう話す彼のハンモックを中心に構成されたシンプルなキャンプ道具は、調理道具や防寒着、シュラフだって入れたうえで、なんと30ℓの小さなバックパック1つに全て収まってしまうのである。
どのようにしてこのミニマムなスタイルの遊び方にたどり着いたのか、彼が考えるハンモックの魅力と併せて伺ってみよう。
Chapter
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01.
一人の時間を求めて、足は自然と山へ
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02.
アメリカ×広島が産んだハンモックバグ
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03.
ハンモックハイキングは引き算の遊び
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04.
余白のない完璧なものじゃつまらない
「完璧じゃない、ってところでしょうね」
ハンモックハイカー・二宮勇太郎さんは、このシンプルな寝床の魅力をこう答える。
道具の役割が細分化され、溢れるほどの選択肢から便利なものをいくらでも選べる時代。1泊のキャンプのために、広々としたSUVの荷台がパンパンになるほどの道具を詰め込み、それでも足りずにルーフトップキャリアのお世話になるキャンパーも少なくないなか、二宮さんのスタイルは対照的だ。
「山の麓に泊まるなら、秋冬でもこれだけあれば十分」
そう話す彼のハンモックを中心に構成されたシンプルなキャンプ道具は、調理道具や防寒着、シュラフだって入れたうえで、なんと30ℓの小さなバックパック1つに全て収まってしまうのである。
どのようにしてこのミニマムなスタイルの遊び方にたどり着いたのか、彼が考えるハンモックの魅力と併せて伺ってみよう。
一人の時間を求めて、足は自然と山へ
現在、二宮さんはウルトラライトハイキング(シンプルで軽量な道具を使って軽快に山を歩くスタイル。以下UL)を日本に伝えた三鷹のアウトドアショップ「ハイカーズデポ」の店長を務めながら、ハンモックの有用性を伝えるべく、メディアやイベントで啓蒙活動を行なっている。
そんな彼がアウトドアの楽しさに開眼したのは意外にも遅く、20代になってからのこと。10代の頃は、斜に構えた仲間たちと毎日のようにBMXを乗り回し、街中の縁石を削りまくるのに夢中だったそうだ。
「BMXに少し飽き始めた頃、何気なく眺めていた雑誌の影響でアウトドアに興味を持ち始めました。1人きりになって、テントに泊まってみたかった。キャンプ場には人がいるので、自然と近所の山に登るようになりました」
最初は近くのショップで山道具を一式揃えてみたものの、どうもしっくりこない。せっかくやるならと、より面白い、人が持っていない道具を探し始めたのだとか。この男、根っからの道具好きにつき。
「メイドインUSAのかっこいい道具を探しているうちに、当時アメリカで流行り始めていたUL系の道具が引っかかってきた。僕が住んでいた広島には、まだUL系の道具を取り扱うお店がなかったので、ネットをひたすら掘って、気になるギアは個人輸入したり。そんな特殊な道具が徐々に手元に揃ってくるにつれて、遊びのスタイルが形作られていったんです」
アメリカ×広島が産んだハンモックバグ
ハンモックとの出会いは2012年まで遡る。その年、二宮さんはウルトラライトハイキング生誕の地、アメリカのロングトレイル「PCT(パシフィッククレストトレイル)」を踏破するために海を渡った。計150日間、総距離4,300kmにも及ぶ行程を歩き通した後、ある街でワゴンセールになっていた名作「ヘネシーハンモック」をゲットしたのが、ハンモックを使い始めるきっかけとなった。
「日本では高くて手が出なかったのですが、この時は円高だったし、超破格で投げ売られていたのでね。帰国後、近所の山を歩きに行く時に使ってみたんです。一発でハマりましたよ」
首都圏近郊とは違い、地元・広島の山には整備されたテント場がない。前述の通り、キャンプ場に泊まるという選択肢が彼にはなかったため、広島で登山をしてテント泊をするということは、つまりテントを張れる環境を自分自身で探すことを意味する。
「日本全国を見渡すと、テント場が整備されている山って、じつはそれほど多くないんです。山中でテントを快適に張れる平らな場所を探すのって、なかなか大変なんですが、2つの支点さえ確保できれば地面が岩でも斜めでも関係ないハンモックなら、快適に過ごせる場所がたくさん見つけられた。広島の自然で遊んでいた自分にとっては、素直に『ハンモックってすごい。単純に今までのテントより、めちゃくちゃ楽じゃん』って思えたんです」
もしも二宮さんがテント場の整った東京近郊でキャンプや山登りを始めていたら、今の彼の姿はなかったに違いない。
「つまり、僕は広島の自然環境が作り出したバグですね」
ハンモックハイキングは引き算の遊び
「ハンモックって、“非日常”を味わうためにはとても手っ取り早い方法なんです。僕は借家住まいなんで、外でハンモックを張るたびに、『これは家じゃできない体験だわ。やっぱ最高だわ!』って毎回感動しますもん」
二宮さんがアウトドアを始めた原点は、昔も今も明確で「非日常を味わいたい」から。人に会いたくないから、結果的に山に登るようになり、ハンモックで眠るようになったのだ。
目的がはっきりしている分、そのための手段となる道具選びは非常にシンプルになる。例えば、場所によってはテントも使うが、軽量でコンパクトなハンモック×タープの出番が圧倒的に多い。状況に合わせて、張る場所や張り方を変えて対応できる自由度が高いからである。
キャンパーに人気の「DDハンモック」の本体重量は1kg前後あるのに対し、二宮さんが使うハンモックは200g以下と圧倒的に軽くてコンパクト。調理道具はお湯を沸かしてコーヒーと温かいものが食べられればいいと割り切る。着替えもミニマム。そんな選択肢の集合体を前述の30ℓサイズのバックパックに収め、軽快に遊び回る。
「ULとも通じる話ですが、ハンモックがいいなと思うのって、壁も屋根もないので自然と調和しやすいこと。テントで過ごすと、『こんな広い大自然の中にいるのに、なんで狭いテントの中に閉じこもっていなきゃいけないんだ』って、僕は思ってしまう。せっかく山やキャンプに出かけたなら、その環境にいる感覚を大事にしたいんです。ハンモックを取り入れる動機は、寝心地が快適だからでも、荷物を軽量コンパクトにするためでもいい。キャンプの人だって荷物が軽くなれば、キャンプ場の裏山に足を延ばしてみようと思うかもしれないし、電車でも動けるので、帰りに地元のお店で一杯飲んで帰ることもできる。道具をシンプルに減らすことで、じつは遊び方の選択肢が増えるんですよ」
キャンプは足し算を楽しむアクティビティになりがちだが、二宮さんの嗜好するハンモックハイキングは、引き算を楽しむアクティビティとも言えそうだ。最近は登山にも興味を持ったキャンパーの来店も増えているらしい。
「僕はお店でお客さんにいろいろ聞かれても、初めから答えを言い過ぎないようにしています。荷物を減らせる人は減らせばいいし、減らせない人はそのまま行っちゃえばいい。で、経験してきた結果として、次にどうするかを各自に考えてもらう。まずはやってみることが大事で、次にやるべきことが見えてくる。ハイキングは経験したことから、答えを自分で導き出すのが楽しい遊び。これって、アウトドアの一番面白い部分ですよね。僕もいまだにわかっていないことがたくさんある。だからこそ、飽きずに続けられているんです」
余白のない完璧なものじゃつまらない
「言ってみれば、ハンモックは道具として完璧じゃない。張れないとただの布ですしね。でも、そこがすごく大事で、いいところばっかりじゃない、ってことがむしろ魅力だと思っています。余白のない完璧なものなんて、つまらないでしょう」
そんなハンモックの魅力を伝えるために、この秋、二宮さんは長年取り組んできた活動をまとめて『ハンモックハイキング』(山と溪谷社刊)なる教本を書き上げた。張り方や設営場所の見つけ方などのノウハウはもちろんだが、本の主題はハンモックを媒介にした自然の中で自由に遊ぶためのレッスンだ。
「自由になるために最低限覚えるべきことって、じつはすごくシンプルなんです。アウトドアで寝る=テントに泊まるだけが選択肢ではないって話のように、この本では答えではなくて、各自が考えてもらうためのヒントを伝えたい。何か1つの形に収まらず、いろいろな遊びを並行して好きにかじって、各自が選べるようになれたらそれが一番でしょう。その場に応じた楽しみ方をできるって、最高に楽しいですから」
最近の休日の楽しみ方を聞いてみると、もっぱら近くの人気のない山でのんびりハンモックを楽しんでいるそう。
「絶景で有名な山を訪れるのも良いけれど、山の楽しみ方は色々あります。人がいなくて静かにゆっくり過ごせる森なんて、その気になれば日本中のどこでも見つけられますから。忙しくて時間がなくても足を運べる身近な山域=ホームマウンテン的なものを持つと、日々の生活が豊かになるはずです」
身近な場所で楽しみを見つけられるこの目線。遊びは変われど、きっとBMX乗りだった10代の頃と変わらないのだろうな。
Text:池田圭
Photo:SPURKS編集部
1982年、広島生まれ。20代前半に歩き旅のおもしろさを知り、2012年にアメリカのロングトレイル「PCT」をスルーハイク。その後、三鷹のアウトドアショップ「ハイカーズデポ」に勤め、現在は店長として店頭業務を切り盛りしている。イベント、雑誌、WEBなどの各種媒体で“ ハイキングにおけるハンモックの有効性”を訴え続けている。著書に『ハンモックハイキング』(山と溪谷社)。